2021年、ブロックチェーン技術を応用したトレーサビリティ・システムが注目を集めている!
2008年にビットコインを支える中核技術として誕生したブロックチェーン。
当初はビットコインやイーサリアムを始めとする仮想通貨や、トークン技術を使った資金調達方法であるICOなどの、いわゆる「フィンテック(金融領域での技術応用)」が大きな注目を集めてきました。
しかし、近年、ブロックチェーンの本質である「安全性が高く、分散的で、コストが低い」データベース」という特長から、金融領域よりもむしろ、非金融領域における産業応用により大きな期待が寄せられています。
中でも、商品の生産と物流に関わる業界、とりわけ食品を中心とした消費財のメーカーや流通業者にとって、ブロックチェーンはもはや「なくてはならない」技術だと言えるでしょう。
同業界では、従来、サプライチェーン・マネジメント(ある商品の企画から消費に至るまでの商流の管理や最適化)の重要性が叫ばれ続けていながらも、商流に関わるステークホルダー(利害関係者)の種類や数が多すぎること、それらの繋がりが前後の工程間で分断されていることなどを原因に、最も重要な要素である「データ」をほとんどうまく活用してこれなかったからです。
出典:ビジネス+IT「サプライチェーンマネジメント(SCM)とは何か? 基礎からわかる仕組みと導入方法」
こうした状況を打破する突破口として、2021年現在、多くの企業が取り組んでいるのが「トレーサビリティ」に対するブロックチェーン技術の応用です。
例えば、IBMは、コンテナ船世界最大手のA.P. Moller-Maersk(A.P.モラー・マースク)との共同でブロックチェーン基盤の海上物流プラットフォーム「TradeLens」を構築した他、世界最古の医薬品・化学品メーカーであるMerck KGaA(メルク・カーゲーアーアー)と共に偽造品対策プラットフォームを立ち上げることで、トレーサビリティを中心としたサプライチェーンの最適化を図っています。
すでに、ヨルダンの税関やAqaba税関では、トレードレンズのブロックチェーンサプライチェーンサービスの活用が進められています。
このように、ブロックチェーン技術のトレーサビリティへの応用は、2021年に大きく注目されているビジネストピックだといえるでしょう。
そこで、本記事では、「トレーサビリティとは何か?」「ブロックチェーンとは何か?」「具体的にどんな事例があるのか?」といった点について、以下で順に解説していきます。
トレーサビリティとは?
トレース(追跡)+アビリティ(能力)=トレーサビリティ!
トレーサビリティ(Traceability、追跡可能性)とは、トレース(Trace:追跡)とアビリティ(Ability:能力)を組み合わせた造語で、ある商品が生産されてから消費者の手元に至るまで、その商品が「いつ、どんな状態にあったか」が把握可能な状態のことを指す言葉です。
トレーサビリティは、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)のマネジメント要素の一つと考えられており、主に自動車や電子部品、食品、医薬品など、消費財の製造業で注目されています。
トレーサビリティの2つの要素:トレースバック/トレースフォワード
トレーサビリティは、「サプライチェーンの上流工程(企画や開発など製品の”起こり”のプロセス)と下流工程(販売や消費など製品の”終わり”のプロセス)のどちらに向かって追跡するか」によって、次の2つの要素に分けることができます。
- 上流工程→下流工程へと追跡:「トレースフォワード(追跡+前)」
- 下流工程→上流工程へと遡及:「トレースバック(追跡+後)」
例えば、食品業界のサプライチェーンにおいて、流通段階で食品に関する問題が発覚したとしましょう。
この場合、問題食品に関わる事業者は、まず、その問題食品のルートを追跡して商品を回収する必要があります。
また、次に、同じ問題が起こらないように問題食品のルートを遡及して原因を究明する必要もあります。
このように、「ある製品がどこに行ったか」を下流工程に向かって追跡することを「トレースフォワード」、「ある製品がどこでどのように生まれたか」を上流工程に向かって訴求することを「トレースバック」と言います。
サプライチェーンマネジメントにおいてトレーサビリティを十分に担保するためには、この「トレースフォワード」と「トレースバック」の両方の要素が満たされていなければなりません。
なぜ、トレーサビリティが重要か?
トレーサビリティは、大きく次の2つの観点から、サプライチェーンマネジメント(SCM)において重要視されています。
- 消費者保護
- ブランド保護
一つ目は、消費者保護の観点です。
トレーサビリティが担保されることで、消費者は、「その商品を買っても大丈夫かどうか」を客観的な情報から判断することが可能になり、安心して消費行動を行うことができます。
例えば、スーパーマーケットで今晩の食材を選んでいるシーンを想像してみましょう。
久しぶりにお刺身を食べたいと思ったあなたは、生鮮食品コーナーでパック詰めされた魚介類を物色しています。
ここで、私たちは必ず、パックの表面に貼られた食品表示のシールを眺め、「そのお魚がどこで獲られ、鮮度はどのくらいなのか」といった情報を読み取ります。
出典:新潟市「食品表示法による表示について(新法に基づく表記)」
この行動によって、直接自分で獲ったわけではなくとも、その食材を食べても健康に被害が生じないであろうと、信用することができます。
逆に、もし食品表示がされていなかったとしたら、私たちは安心してその食材を買うことができません。
つまり、食品表示は、消費者や消費行動を保護するために義務付けられているのです。
そして、この食品表示は、「その食材が、いつ、どこで、誰によって調達され、どうやって運ばれてきたのか」といった物流の履歴情報を把握すること、すなわちトレーサビリティによって可能になっています。
この例のように、トレーサビリティは、商品情報の開示に役立つという点で、消費者保護に一役(どころか何役も)買っていると言えるでしょう。
二つ目は、ブランド保護の観点です。
先ほど述べたように、消費者は、商品そのものの品質だけではなく、その商品(や商品に関わる企業)に対する「信用」に対してもお金を払っています。
こうした、商品や企業活動のあり方に対するイメージに基づいた信用のことを「ブランド」と言います。
出典:「かわいいフリー素材集いらすとや」画像より筆者作成
消費者は、信用度が高い商品、つまりブランドのある商品には多くのお金を払ってくれますが、逆に信用が落ちた商品、つまりブランドのなくなった商品にはお金を払ってくれなくなります。
したがって、企業が長く自社商品から利益を得続けるためには、自社のブランドを高め、維持し続けていく必要があります。
しかし、逆にこうした消費者の心理をうまくついて、ブランド品そっくりの偽造品をつくるなどの手口で、一時的に利益を稼いでいる業者も少なくありません。
偽造品が市場に大量に出回ってしまうと、需要と供給のバランスが崩れることによる値崩れだけではなく、品質の悪い粗悪品を消費者が手にしてしまうことにより信用が低下し、ブランドが毀損してしまいます。
そのため、企業はそうした偽造品などによる外部攻撃から、うまく自社ブランドを守っていかなければなりません。
トレーサビリティは、こうした「偽造品対策」の一環としても、強く意識していく必要があるキーワードと言えるでしょう。
ブロックチェーンとは
ブロックチェーン(blockchain)は、2008年にサトシ・ナカモトによって提唱された「ビットコイン」(仮想通貨ネットワーク)の中核技術として誕生しました。
ビットコインには、P2P(Peer to Peer)通信、Hash関数、公開鍵暗号方式など新旧様々な技術が利用されており、それらを繋ぐプラットフォームとしての役割を果たしているのがブロックチェーンです。
ブロックチェーンの定義には様々なものがありますが、ここでは、「取引データを適切に記録するための形式やルール。また、保存されたデータの集積(≒データベース)」として理解していただくと良いでしょう。
一般に、取引データを集積・保管し、必要に応じて取り出せるようなシステムのことを一般に「データベース」と言いますが、「分散型台帳」とも訳されるブロックチェーンはデータベースの一種であり、その中でも特に、データ管理手法に関する新しい形式やルールをもった技術です。
ブロックチェーンは、セキュリティ能力の高さ、システム運用コストの安さ、非中央集権的な性質といった特長から、「第二のインターネット」とも呼ばれており、近年、フィンテックのみならず、あらゆるビジネスへの応用が期待されています。
参考記事????「ブロックチェーン(blockchain)とは?仕組みや基礎知識をわかりやすく解説!」
トレーサビリティの課題に対するブロックチェーンの適用可能性
ブロックチェーン技術は、どのような観点から、トレーサビリティの実現へと応用されるのでしょうか?
この問いには、サプライチェーンにおいてトレーサビリティの障害となる3つの課題がかかわっています。
- 協業企業間でデータ連携するインセンティブがない(リーダーシップの不在)
- 関わるプレイヤーが多すぎて非効率である(コストの高さ)
- そもそも情報に嘘や誤りが多い(情報の正確性)
トレーサビリティの課題①:リーダーシップの不在
まず、一つ目の課題は「リーダーシップの不在」です。
トレーサビリティを担保するためには、サプライチェーンの上流工程から下流工程に至るまで、協業企業同士が適切な形でデータ連携をし、チェーン全体を一つの「トレーサビリティ・システム」として定義しなおす必要があります。
しかし、企業は一般的に、サプライチェーン全体の利益ではなく、自社の利益のみに最適化したビジネス上のルールを設定し、各社のビジネスロジックに合わせた独自のシステム開発を行っています。
そのため、いざデータ連携を行おうとしても、協業企業同士のルールやプロトコルの違いが大きな障害となってしまいます。
この障害を乗り越えるためには、協業企業をうまくまとめるためのリーダーシップが必要です。
しかし、部分最適化をはかっている企業間の先導役をある企業が担うことは、その企業にとっての短期的な損失を意味することが多く、したがって、短期的には、リーダーシップを発揮するインセンティブが少ないと考えられます。
トレーサビリティの課題②:コストの高さ
2つ目の課題は、「コストの高さ」です。
通常、サプライチェーン上には、非常に数多くのプレイヤーが存在しています。
そのため、協業企業間でのデータ連携を行うにあたっては、プレイヤーの数だけネットワークが複雑になることで、データの参照コストやシステムの管理コストが莫大な規模に膨れ上がってしまいます。
業界全体で共有できるトレーサビリティ・システムをつくるためには、こうしたデータ連携にかかるコストをいかに抑えていくか、が大きな課題となります。
トレーサビリティの課題③:情報の正確性
3つ目の課題は、「情報の正確性」です。
ブロックチェーン×トレーサビリティの事例
海外事例:The Intelligent Supply Chain powered by IBM Blockchain
ブロックチェーンのトレーサビリティ問題への応用事例として、2021年現在最も目立っているのが、IBM社によるサプライチェーンのスマート化の事例です。
同社は、過去数年間にわたって、国際海運、食品管理、原産性証明など、生産と物流に関する様々な角度からブロックチェーンプラットフォームを開発し、トレーサビリティの問題に取り組んでいます。
具体的には、次のようなプラットフォームを提供しています。
- 国際コンテナ輸送の課題を解決する「TradeLens」
- ありとあらゆる輸送手段に対応した物流可視化プラットフォーム「GLS : Global Logistics System」
- 食の信頼構築を目指す業界プラットフォーム「IFT : IBM Food Trust」
- 独自のプラットフォーム実装をサポートする「IBM Blockchain Transparent Supply」
- 独自のプラットフォーム実装をサポートする「IBM Blockchain Transparent Supply」
- 責任ある資源調達を実現「RSBN : Responsible Sourcing Blockchain Network」
- FTA/EPA/TPPに対応した原産性証明プラットフォーム「DCP : Digital Certificate of Origin Platform」
- 安全かつ低コスト・迅速にサプライヤー調達を実現する「TYS : Trust Your Supplier」
中でもとりわけ、コンテナ船世界最大手のA.P. Moller-Maersk(A.P.モラー・マースク、以下マースク)との共同で開発したブロックチェーン基盤の海上物流プラットフォーム「TradeLens」では、荷主、ターミナル、船社、通関など、海運に関わるあらゆるステークホルダーを巻き込むことで、世界規模な台帳共有による取引の合理化がはかられています。
実際に、ヨルダンの税関やAqaba税関では、トレードレンズのブロックチェーンサプライチェーンサービスの活用が進められています。
国内事例:日通(日本通運)
2020年3月9日の日本経済新聞の記事によると、「日本通運はアクセンチュアやインテル日本法人と組み、ブロックチェーン(分散型台帳)を活用した輸送網の整備に乗り出」し、「まず医薬品を対象に2021年の構築を目指しており、倉庫の整備などを含め最大1千億円を投資する」ことで、「偽造医薬品の混入を防ぐための品質管理に生かし、将来は消費財全般に応用する」ことを発表しています(「」内は同記事からの引用)。
出典:「日通、ブロックチェーンで偽造品排除 物流に1000億円」( 2020/3/9 1:30日本経済新聞 電子版)
これは、サプライチェーン・マネジメントの中でも、特に「偽造品対策」にフォーカスした課題解決の方法として、ブロックチェーンによるトレーサビリティ・システムを構築しようという事例です。
生産工場から小売の現場まで、物流の全体を担っている日通では、物流プロセスのどこかで偽造品が発覚した際に、その商品をトレースバックすることで、偽造品の原因を特定し、それを排除することを目指しています。
このトレースバックを適切に実行できるのも、ブロックチェーンがもつ特長があってのことだと言えるでしょう。